但馬さんとも
相談して、
私は、
ほとんど
身一つで、
あなたの
ところへ
参りました。
淀橋の
アパートで
暮した
二箇年
ほど、
私
にとって
楽しい
月日は、ありませんでした。
毎日毎日、
あすの
計画で
胸が
一ぱいでした。
あなたは、
展覧会にも、
大家の
名前にも、
てんで
無関心で、
勝手な
画
ばかり
描いていました。
貧乏に
なればなるほど、
私は
ぞくぞく、
へんに
嬉しくて、
質屋にも、
古本屋にも、
遠い
思い出の
故郷の
ような
懐しさを
感じました。
お金が
本当に
何も
無くなった
時には、
自分の
ありったけの
力を、
ためす
事が
出来て、
とても
張り合いがありました。
だって、
お金の
無い
時の
食事
ほど
楽しくて、
おいしい
のです
もの。
つぎつぎに
私は、
いい
お
料理を、
発明した
でしょう?
いまは、
だめ。
なんでも
欲しい
ものを
買えると
思えば、
何の
空想も
湧いて来ません。
市場へ
出掛けてみても
私は、
虚無です。
よその
叔母さんたちの
買う
ものを、
私も
同じ
様に
買って
帰る
だけです。
あなたが
急にお
偉くなって、あの
淀橋の
アパートを
引き上げ、この
三鷹町の
家に
住む
ように
なって
からは、
楽しい
事が、
なんにも
なくなって
しまいました。
私の、
腕の振い
どころが
無くなりました。
あなたは、
急に
お
口もお上手になって、
私を
一そう
大事にして下さいましたが、
私は
自身が
何だか
飼い猫の
ように
思われて、
いつも
困って
居りました。
私は、
あなたを、
この世で
立身なさる
お
かたとは
思わなかった
のです。
死ぬ
まで
貧乏で、
わがまま
勝手な
画
ばかり
描いて、
世の中の
人
みんなに
嘲笑せられて、
けれども
平気で
誰にも
頭を下げ
ず、
たまには
好きな
お酒を
飲んで
一生、
俗世間に
汚され
ずに
過して行く
お
方だと
ばかり
思って
居りました。
私は、
ばかだったの
でしょうか。でも、
ひとり
くらいは、
この世に、
そんな
美しい
人が
いる
筈だ、と
私は、あの
頃も、
いまもなお
信じて
居ります。その
人の
額の
月桂樹の
冠は、
他の
誰にも
見えないので、
きっと
馬鹿扱いを
受ける
でしょう
し、
誰も
お嫁に行って
あげて
お
世話しようともしない
でしょう
から、
私が
行って
一生お
仕えしようと
思っていました。
私は、
あなた
こそ、その
天使だと
思っていました。
私でなければ、
わからないのだと
思っていました。それが、
まあ、
どうでしょう。
急に、
何だか、お
偉くなって
しまって。
私は、
どういうわけだか、
恥ずかしくて
たまりません。
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