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ゲルの相転移現象

高分子ゲルの相転移は、その不連続で可逆的な体積変化として現れます(図 5.1)。溶媒の組成やpH、イオン組成を徐々に変えていくとあるところで不連続 的にゲルの体積がジャンプするのです。その体積変化は可逆的で数千倍にも及 ぶことがあります。高分子ゲルの相転移をはじめて理論的に予測したのは、デ ュセクとパターソンで、1968年のことです。2人は、フローリーとハギンスが 導いたゲルの状態方程式(浸透圧-体積-温度の関係)をつぶさに研究し、あ る条件で、体積が不連続に変化しうることに気がつきました。そのような現象 が、実際に見つかったのは1978年になってからです。

ゲルの相転移は、ゲルをイオン化すること、そして、それを貧溶媒(高分子 が解けない溶媒)に浸すこと、その二つを同時に行うことにより偶然に発見さ れました。ゲルをイオン化すると、電気的相互斥力により、また、高分子から 解離した対イオンの浸透圧により、ゲルを膨らませようとする圧力がゲルの内 部に生じます。この斥力と貧溶媒のなかで高分子が縮もうとする引力の綱引き のバランスがゲルの安定した体積を決めますが、それが、膨潤と収縮の二安定 状態を生み出します。綱引きの力関係で双方の間を不連続的に転移します。そ の双方の力が大きいと、そのバランスの崩れによる体積変化も、より一層大き くなります。

斥力には二つあります。まず、排除体積効果とよばれるもので、二つ以上の 分子が同じ場所を同時に占有することがないことによります。次に、高分子が イオン化したときに、高分子の上の電荷同士の間に働く電気的反発力とポリマ ーから解離された対イオンによる浸等圧です。

生体分子間に働く引力相互作用としては、4種類の基本相互作用が知られて います。ファンデルワールスの分散力、疎水相互作用、水素結合、静電的(+/-) 相互作用です(図5.3)。

最近、それぞれの基本相互作用が主に効いているゲルをつくり、それぞれで 相転移を引き起こすことができました。その相転移の振舞いからそれぞれの基 本力の性格とそれらの違いがくっきりと浮かびあがってきました。さらに基本 相互作用を組み合せたことが、ゲルの新しい多重相の発見へと導いたのです。

ゲルの新しい相

生命の基本力がいくつか組み合わさったときに、ゲルが膨潤相・収縮相の二 相の他に新しい安定した相を取ることが見つかりました。

ゲルの新しい相は弱酸性であるアクリル酸と強塩基であるMAPTACの共重 合体のゲルで観測されました(図5.4)。このゲルは、両性ゲルとしての性質を もち(つまり、正負にイオン化する)、さらに、自分自身のなかに水素結合をつ くることができます。つまり、引力としては、水素結合と静電的相互作用をも っています。斥力は、静電的相互作用です。

図5.5は、480mMのアクリル酸と280mMのMAPTACからなる共重合体 のゲルの水のなかにおける直径をpHの関数としてプロットしたものです。 pH7.0のところから出発し、pHを徐々に上げていくとpH8.0でゲルは不連 続に膨潤します。そこから直ちにpHを下げるとしばらくゲルの体積は一定で すが、pH6.5のところで不連続に収縮します。この相転移のループは再現性よ く何回でもくり返すことができます。さて、膨潤した相からpHを上げていく と、不連続にさらに膨潤し、新しい相に入ります。ここからpHを下げると、ゲ ルは不連続に収縮し相転移の新しいループに入ります。

pH7.5のところを見ると、四つの異なる安定した直径をとり、ゲルはそれら の相の間を不連続的に変化することがわかります。つまり、このゲルは四つの 異なる「相」をとるのです。pHが低い酸性側にも、同じような四つの異なる「相」 が存在します。

これらの相は安定であり、それぞれの相に入った後には、ゲルはいつまでも その相にいます。さらに、それぞれの相は正確に再現され、相転移のループは 何回でもくり返すことができるのです。

図5.6には、アニオンとカチオンの比率を変えたときに、この相図が段階的 に変化するさまを示しています。相の数はアクリル酸(460mM)とMAPTAC (240mM)のときに最大で七つあります。両モノマーの比がどちらかに偏ると 相の数は徐々に減り、やがて一つになってしまいます。

ゲルの新しい相と相転移は、温度を変化させても見られます。pH変化で見ら れた相のうちのいくつかの相の間を転移することが見つかりました。興味深い ことに、この両性ゲルが収縮した相は、完全に収縮しきった状態ではないので す。それを見るために、収縮した相から出発して、水にアセトンを加えてみま した。すると、収縮したゲルがもう一度、不連続な体積変化をし、もっと収縮 した相に相転移をしました。この完全に収縮した相への転移は、水中で膨潤し た相にアセトンを加えても見られます。

このような多重相をもつゲルが次々に見つかっています。現在までのデータ の示すところでは、多重相をもつためには、まず、水素結合が必要である。そ れだけでも多重相を示す例がアクリル酸のゲルです。それともう一つの引力(疎 水相互作用、静電的相互作用、または、ファンデルワールス力)があると、そ してそれらを適当な割合で混ぜてやると、実に簡単に多重相を取ります。


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