次の項にジャンプします:[A],[B],[C]
[上部の画像ーA],[上部の表],
[下部の画像],[下部の表ーB],[下部の表ーC]
はじめに
この曼陀羅はオーストラリア出身で長年京都に居られた著名な仏教詩人、故ハロルド・スチユアート先生が1980年代の初めに京都で購入されたもので、このような完全な阿弥陀経変相の存在は世に知られていない。縦128センチ、幅58センチの掛け軸様式で、極彩色に純金を惜しみなく使い、豪華絢爛(けんらん)なこと他に例を見ない逸品である。箱書きには1867年の彩色と記せられてある。「変相」とはまた「変」ともいい、淨土の荘厳や地獄の有様を描いた図をいう。お経に説かれてあることを図に「変」えて表現したので「変相」というが、一般には「曼陀羅」(または「曼荼羅」)という。
下の表に出る章のナンバーは真宗聖典編纂委員会の編纂になる『浄土真宗聖典(注釈版)』(1988年発行)で使用されている章のナンバーと同じです。また稲垣久雄英訳本の章ナンバーとも同じです。
[構図]中央部に朱塗りの欄干が横に走り、これが曼陀羅を上下の二部に仕切っている。上部は阿弥陀三尊を中心とした浄土の様相で、下は宝池から虚空の上端まで種々の妙色厳浄のもので満たされている。下部は『阿弥陀経』の概要を伝えるものである。まず釈迦仏の説法の様子を画き、周囲に聴衆者と六方の諸仏を配する。その下にお経の顕著な内容を九つの区画で表している。
[表 ー A]
[A] 5. 虚 空 2. 天 蓋 1. 三 尊 4. 宝 楼 宮 殿 宝 楼 宮 殿 3. 台 9. 宝 樹 宝 樹 7. 舞 楽 6. 宝 池 8. 噴 水 |
[A] 上部
(1) 阿弥陀三尊 中央には華座に座した阿弥陀仏を中心に、向かって右に観音、左に勢至菩薩が脇侍(わきじ)として座っておられる。弥陀は合掌し、二菩薩は左手を挙げ、右手は膝の上に置いて掌を上向けている。多くの聖衆が三尊を取囲み、弥陀を恭敬讃嘆している。三尊の頭光(または円光)は際だって立派であるが、弥陀は特に厳浄華麗な身光を放っている。
(2) 三尊の頭上には荘厳な天蓋(てんがい)がある。阿弥陀仏の天蓋は一段ときらびやかである。
(3) 台 正面の広間から一段下がった台に新たな往生人が見える。蓮台に座って弥陀に合掌し、左右に控えている六人の菩薩から歓迎を受けている。
(4) 宝楼宮殿 三尊の左右に二階建ての壮大な楼閣がある。階下は講堂で弥陀が説法し、菩薩が合掌しまた供物を捧げている。階上では菩薩が余暇を楽しんでいる様子である。
(5) 虚空 三尊と宮殿の上には虚空が大きく拡がり、金色の光明の中に迦陵頻迦(かりょうびんが)など、美しい極樂の鳥が舞い、種々の楽器が浮かび、雲に乗った諸仏菩薩の往来が見える。虚空の上層は濃紺色で、空の上限には宝石の房で飾られた宝網が拡がっている。弥陀の天蓋の上には光明から変化した五色の雲が浮かび、その上に仏塔が化現し、弥陀の化仏が座っている。
(6) 宝池 広間と楼閣の前から下部一帯に池があり、新生の往生人が蓮華の上に座って弥陀に向かって合掌している。池には種々の色の蓮が咲き、その間を縫って舟遊びする人、蓮の葉に乗って楽しんでいる人も見られる。
(7) 舞楽 前面には舞台が左右にあり、左では菩薩になった往生人が歓喜と感謝の音樂を奏で、両者をつなぐ橋の上では楽に合わせて舞いを踊っている。生まれたばかりの人は裸で蓮の上に座し、また手前の舞台の上で着物を着せてもらっている。
(8) 噴水 中央の下部に泉があり、きれいな支柱の上の宝珠から水が湧き出ている。
(9) 宝樹 同じレベルに一対の宝樹がある。樹には七層の葉が茂り、その間に楼閣が点在し、また白い装飾用の羅網(らもう)が掛かり、へりに鈴が付いている。一番上には摩尼(まに)宝珠が輝いている。
[表 ー B]
[B] 上方世界 北方世界 (ch. 10) 2. 東方世界 (ch. 9) (ch. 6) 1. 釈尊の説法 南方世界 (ch. 1) (ch. 7) 2. 西方世界 下方世界 (ch. 8) (ch. 11) |
[B] 下部の上半
中央の欄干より下の部分は鳩摩羅什(くまらじゅう)訳の『仏説阿弥陀経』の内容を表したものである。場所はインド北部、ネパールの国境に近いコーサラ国の首都、舎衛(しゃえ)城の祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)である。上部の中央に、釈尊が右手の掌を外に向けて上げ(施無畏印、せむいいん)、左手は掌を上向け左足の上に置いて(与願印、よがんいん)座っておられる。取りまく聴衆は在家の信者・菩薩・出家僧と神々からなる。剃髪し僧衣をまとっているのは声聞(しょうもん)僧で、長髪で冠を戴いたのは菩薩である。声聞僧を代表する長老の舎利弗(しゃりほつ)が釈尊の左前に見える。 釈尊のまわりの虚空に六方の諸仏が配されている。経説の通り右上の東方世界に五仏、右下の南方世界に五仏、左下の西方世界に七仏、その上の北方世界に五仏、右下の下方世界に六仏、釈尊の左後の上方世界に十仏が描かれている。これらの諸仏は弥陀の不可思議な功徳を讃嘆し、人々に弥
陀の法を信ずるように勧めておられる。
[表 ー C]
数字をクリックすると大きな画像が見れます
(7) 阿弥陀仏与諸聖衆現在 其前 (ch. 5) |
(4) 是諸衆鳥昼夜六時出 和雅音 (ch. 3) |
(1) 七重欄楯七重行樹 (ch. 3) |
(8) 若有信者応当発願生彼 国土 (ch. 12) |
(5) 彼仏寿命及其人民 (ch. 4) |
(2) 有七宝池池中蓮華 (ch. 3) |
(9) 聞仏所説歓喜信樂作礼 而去 (ch. 14) _____________________________________ |
(6) 諸上善人倶会一処 (ch. 5) _____________________________________ |
(3) 常作天樂而有曼陀羅華 (ch. 3) ____________________________________ |
[C] 下部の下半分
紫の雲で仕切られた部分より下は経説に従って九に区分されている。右上より下に向かい、順次主なテーマを経文から取ってその内容を図示し、最後は左下でお経が終わっている。各区画の右側にその経文が漢字で書かれてある。
(1) 上部(A)の最下部にある木と同じ形のものが七列ある。各列が欄楯(らんじゅん、欄干)を周らした囲いの中にあり、木の一つ一つが七層の葉を持ち、その間の白い部分は飾りの羅網で、同じく七層になっている。
(2) きれいな蓮池に宝珠からの水が噴水のようになって注いでいる。蓮の葉は緑で、華には緑・青・赤・黄・白の五色が認められる。華から扇状に同じ色の線が出ているが、これは「青色青光・黄色黄光・赤色赤光・白色白光」と経文にあるように、光を表している。
(3) 楼閣を結ぶ橋の左に舞台があり、虚空から種々の楽器が降っている。琵琶・琴・笙・笛などが認められる。その間に赤や青の花が混じっているが、これが曼陀羅華(まんだらけ)である。「天妙」とか「悦意」と訳されるこの花は、天の華で非常に美しく、見る人の心を楽しませるといわれている。
(4) 欄楯の手前の地の上に白鵠(びゃっこう、鶴の一種)と孔雀がおり、その上に四羽の鳥が飛んでいる。左下が鸚鵡(おうむ)で右上が舎利(しゃり、もず)と思われる。左上は人頭をもち妙音を奏でる迦陵頻迦(かりょうびんが)で、右下は双頭の共命鳥(ぐみょうちょう)である。
(5) 阿弥陀仏と淨土に往生した人は寿命が無限であるが、それを表現するのに、立って合掌している声聞僧と菩薩を前面に配し、中央に華座に座している阿弥陀仏を描いている。手は親指と人差し指で輪を作り、それを合わせているので、鎌倉の大仏と同じ「弥陀定印」(みだじょういん)である。この場面が下部全体の中心でもあるので、無量寿の阿弥陀仏がここで強調されていることになる。
(6) 淨土の聖衆達が蓮台に座し、手前の広間には往生人が合掌して聖衆と歓喜の対面をしている。
(7) 一日ないし七日、弥陀の名号を執持する(念佛する)ものは臨終に弥陀と聖衆の来迎にあずかるとお経に説かれているが、弥陀の眉間の白亳相(びゃくごうそう)から出る金色の光を受けているのは臨終の人ではない。生きている男女二人で、その横で一人の僧がお経を説いている。これは「執持名号」の直前の「若有善男子善女人聞説阿弥陀仏」(もし善男子善女人ありて阿弥陀仏を説くを聞きて)を表している。常来迎(じょうらいこう)の姿とも見られる弥陀と聖衆は黄金に輝き、曼陀羅全体のなかでもひときわ華麗である。建物の屋根には化仏・化菩薩が見られ、飛天も空を飛んでいる。
(8) 釈迦と諸仏の教えに信順するものは浄土往生を願え、と説かれているが、ここでは願生者のすべき功徳の行が示されている。建物の中では僧侶が招かれ、家人に説教をしているようで、戸外では托鉢の僧に布施をしている人と、篭から鳥を放って「放生」(ほうじょう)の徳を積んでいる人がいる。雲の上には諸天善神が見守っており、左の松の木の上では赤鬼と青鬼が退散しつつある。
(9) 経机の後ろに釈迦三尊が控え、手前には舎利弗が合掌礼拝している。獅子に乗った文殊菩薩と白象に乗った普賢菩薩が左右の脇士で、これは釈迦が報身仏(ほうじんぶつ)であることを示している。『阿弥陀経』を説かれた釈尊は応身仏(おうじんぶつ)であるが、その本地は報身仏であるとの解釈がうかがわれる。背後の雲の上には去ってゆく聴衆が描かれている。
[参考文献]
稲垣久雄著 『浄土三部経 英訳と研究』 永田文昌堂、第二版1995年、351-360頁。第三版2000年、351−360。
稲垣久雄編 『原色阿弥陀経マンダラ 図像解説と経文』(和英)、永田文昌堂、1995年。
リンク: 浄土マンダラ研究会
Return to Mandala-Index; Index